すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
わたしがあなたがたを休ませてあげます。
上記の二つの言葉は、聖書に記されている有名なイエスキリストの言葉の一部ですが、神様がどのようなお方であるのかが分かるのではないでしょうか。
医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。
私たちが神について考えることがあるなら、多くの場合、その神は、正しい者を保護し、悪い者には罰を与えるお方であると考えます。そこで、まず、私たちが正しくなければ、神の前にでることができないと思ってしまうのではないでしょうか。
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しかし、病院が病気の人を拒まないのと同じように、神は、不完全な者をありのまま受け入れて下さるのです。また、健康な人が病院を必要としないように、正しい者は、神の助けがなくてもいいのです。
罪人にこそ、神は必要なのではないでしょうか。神は、人が完全ではなくても、今のありのままの姿を愛して受け入れて下さるのです。
子供は、ありのままを表現できるのですが、大人になると、社会の秩序の中で生きていかなければならず、物事に適応していくことが求められます。その結果、気疲れなども多いのではないでしょうか。
しかし、大人になっても神の前では、ありのままを表現できるのです。疲れや重荷を持っていても、神が、そのままを受け入れて下さるのですから、やすらぎを得ることができるのではないでしょうか。
神は、私たちを休ませて下さるお方です。
冒頭の言葉に「招くために来た」とありますが、文字通り今から二千年ほど前、神はこの地上に来られました。それが、イエスキリストです。イエスキリストは、何一つ悪いことをなさいませんでしたが、十字架で私たちが犯した罪のために身代わりとなって罰を受けられたのです。それは、罪人を裁くためではなく、むしろ、罪人を赦し祝福の道へと招き導くためでした。
神とは、どのようなお方でしょうか。
神とは、今日、あなたの全てを否定しないで、ありのままを受け入れて下さり、重荷を負って下さるお方です。そして、「私が休ませてあげます」と、あなたを招いているお方なのです。
グレース神戸バプテスト教会 牧師